次は、実際に戦国時代にどのように刀が使用されていたのかをみていきましょう。
戦国時代の合戦風景と聞くと、おおよそテレビドラマや映画でよく見かける合戦シーンをイメージする方が多いのではないでしょうか。騎馬武者や武装をした兵士たちが正面からぶつかり合い、槍や刀を手に混戦を繰り広げるなどといったシーンが思い浮かぶかと思います。しかし、こうした白兵戦は実に稀な存在だったと言われています。其の歴史がわかるもととして軍忠状という物が多く遺されています。軍忠状とは合戦の参加者が指揮官に戦働きを示す報告書であり、自分や部下の負傷などについても事細かく記載されています。 歴史研究者の集計結果によると、鉄砲が普及する前は弓矢による矢傷がメインであり、鉄砲の普及後は銃撃による負傷が最多であったということがわかっています。次に弓矢や槍による傷が多く、投石や攻城戦での落とし石である石・礫による傷が多く、刀傷は最も少ないということがわかっています。刀は大将から兵卒まで帯びて戦場に繰り出しており、戦場に最も多く持ち込まれた武器であるにも関わらず、最も使う機会の少ない武器であることが、軍忠状という証拠品からわかった事実だったのです。 刀を使う機会が皆無だった訳ではありません。ただ、刀を抜くのは鉄砲・弓矢・槍などを使い切ってしまい、刀で身を守るしかないときや、合戦の終盤で自身の武功の証としての「首取り」を行うときに限られていたそうです。実際の合戦場における刀の出番は、現代の私たちが考える以上に少なかったのです。武士にとって刀は最終手段であったことがわかります。そのため、刀の技術を鍛錬しておくことは最後に自分の命を守れるか、終盤での負けられない戦いに勝つことができるかという切羽詰まった状況で使用することが多かったと思われます。刀も貴重さが戦い方からも伝わってきます。