同田貫正国

同田貫(どうだぬき)は九州肥後国菊池の同田貫(地名)を本拠地に活躍した肥後刀工の一軍です。

活躍時期は永禄頃。銘を九州肥後同田貫、肥後州同田貫、肥後国菊池住同田貫などと切り、刀工の名である個銘もあります。中でもよく知られているのは、戦国武将である加藤清正から一字を授かったという切名の正国(九州肥後同田貫藤原正国)(上野介)ではないでしょうか。もともと同田貫は加藤清正の抱えであったとも伝えられています。

同田貫の特徴とも言えるのは、装飾を全くと言っていいほど加えない、どこまでも質素な造りをしているので作柄の出来や観賞価値に乏しい作刀が多いとみなされていることです。著名で高価なのですが、美術品としての評価は低い刀工群であり、いわゆる剛刀と呼ばれるたぐいの刀が同田貫の刀だそうです。

逸話として有名なのは、天覧兜割りです。1880年代に東京府の伏見宮貞愛天皇の行幸があり、この中で行われた刀での鉢試しが「天覧兜割り」とよばれています。行った人物は榊原鍵吉(さかきばらけんきち)です。

榊原鍵吉は同田貫を用いて、明珍作の十二間筋の兜を切り口三寸五分、深さ五分切り込むことに成功しました。それにより伏見宮から金10円が下賜されました。この天覧兜割りは榊原鍵吉の剣豪としての名声を高めただけでなく、同田貫の強度を物語る逸話として広く知られることになりました。

また、同田貫はフィクションでも使用されており、様々な時代劇などで色々な役者扮する人物が手にしており、それも名を広めた一員のひとつでしょう。
熊本市の本妙寺に遺る同田貫正国の刀は熊本県指定重要文化財となっています。同田貫の鍛刀技術は現在は途絶えたとされています。

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