刃文と鍛え肌とは

漫画やドラマなどで人気な日本刀ですが、その模様には様々なものがあります。それには実は種類があり、刃文と鍛え肌の二種類に分けられます。

では、それぞれどのようなものなのでしょうか。
刀を作るときに、焼き入れという作業をしなければいけません。焼き入れというものは、熱した刀を、水につけることで冷たくして、鋼をより硬くし、刀の強度を上げる、という作業です。

この硬くした部分を、整えるために研ぐのですが、研ぐと、白い模様ができます。これを刃文と呼び、刀一本一本、違う刃文ができます。まっすぐな形の直刃や、曲がっている形の乱刃があります。

鍛え肌とは、この焼き入れをしていない部分にできる模様です。これもまた、刀一本一本異なります。縦模様の柾目肌や、木の板のような板目肌、それから杢目肌などがあります。
このような見た目の美しさからも、日本刀は人気なのです。

文化財としての日本刀

日本刀は武器として使われなくなったため、今は専ら美術品として、その価値を認められ、たくさんの人々に愛好されています。

特に価値のある日本刀は、国によって有形文化財に登録されることもあるほどです。では、そもそも文化財の基準とは何なのでしょうか。

文化財は6種類に分けることができます。建造物や彫刻などの有形文化財、音楽や演劇などの無形文化財、伝統ある風俗習慣や生業などの民俗文化財、歴史的に価値の高い記念物、文化的景観、伝統的建造物群の6つです。

これらは、国によって歴史的もしくは美術的に価値が高いとされ、優先して記録し、保護することを目的にしています。

有形文化財の中でも特に大切なものは重要文化財に登録され、より厳重に保護されるようになります。しかし、その分、勝手に動かしたり、加工したりすることを禁止されます。

日本刀の処分方法

代々続く名家や敷地内に蔵があるようなお屋敷には日本刀があることは多いです。現代では美術品や骨董品としての価値があるため、一般の家庭でも日本刀を持っていることは珍しいことではありません。しかし、代替わりや家を手放す際に日本刀をどう処分したらいいかわからない場合があります。

まず持っているだけで銃刀法違反にあたるのではないかと心配される方がいるかもしれません。日本刀1本に1枚ついている登録証は、美術品として所持できるものである証明になるものです。登録証がないと知りながら所持していることは不法所持で罰せられます。日本刀に登録証がないと気がついた場合は、管轄の警察署で手続きをします。

手放したいが、どうしたらいいかわからない、時間もないし、処分したいということであれば、管轄の警察署へ持っていけば処分してもらうことができます。

日本刀の帽子とは何か

日本刀の帽子とは、峰・切先の丸みを帯びた部位の刃文を指します。鋭くとがる峰・切先は日本刀の鋭さと美しさを最も感じさせる部分であり、大きな見どころでもあります。その部分に現れる刃文は焼入れの仕方によって紋様に様々な違いがあることが特徴となります。小さな部分ではありますが、日本刀の生まれた時代や刀工のこだわりが直接反映されやすく、日本刀の出来も左右するほど重要な場所ともえいます。
帽子は日本刀の顔の役割を持っており、この部分を見れば刀工の技量が分かるとまで言われています。その理由は、峰・切先は重ねが薄くなっており焼入れが非常に難しいため、均一に火入れをするには高い技術が求められる部分だからです。そしてこの部分を見れば作られた時代だけではなく、流派までも推測できるので刀の出自を明確にする上でもかかせません。

名刀の制作で知られる友成とは

に本当に興味のある人であれば、友成を知らない人はほとんどいないものとなっており、それだけ多くの名刀を生み出した人物となっています。しかし、実際に制作された刀には様々な異なる銘が彫られていたり、またその作風が微妙に異なると言うことも少なくありません。

友成は平安時代に日本刀の制作で有名であった、古備前の刀工です。その刀剣は多くの著名な人物に所有されていたことでも知られており、源義経や北条貞時など、歴史上著名な人物も所有していた事でも知られているものです。平安時代の特徴である美しさを前面に押し出した作風が特徴で、また当時はその美しさが力の象徴でもあったことから、多くの貴族や節などに好まれ、高い人気を誇るものとなりました。

地中の種類を理解しよう

日本刀に興味を持ち始めた方が多くいると思われます。日本刀は男性が趣味にするイメージがありますが、女性からの人気も高いです。そこで、日本刀を楽しむために知っておきたい、地中の種類について見ていきます。

地中と呼ばれる模様は、地鉄鍛えと焼き入れの工程を経て、地肌部分に現れるのが特徴です。地中の種類は筋状になって地景や流動的な文様である湯走りなどがあります。他にも光を反射させると淡く白い影のように見える映り、強弱のある地沸がからみあって、複雑なまだら模様になった地斑なども魅力的です。

刀によって地中の模様が全然違うため、模様をチェックすることも楽しみ方になります。私も最近は模様を見ただけで、地中の種類が答えられるようになりました。

秋田藤四郎はどのような刀なのか

秋田藤四郎は有名な刀の1種だと言えます。現在の秋田県に位置する場所には、戦国大名である秋田家が領地を構えていました。そこに伝わってきたことを理由に、このような名前でつけられたとされています。秋田家の人物はこれを使うようになりますが、たとえば代表的な人物の1人である秋田実季も使用していました。彼は一族をまとめ上げた豊臣秀吉に臣従しますが、関ヶ原の戦いの際には他者に事実を曲げた訴えを行われたことで領土を減らされるなどの悲しい運命をたどっています。そのような人物も使用していた刀であり、秋田藤四郎は最初は重要美術品として認定されていましたが、後に重要文化財に格上げされることにもなったと知っておくと良いです。

服部半蔵の刀について

伊賀忍者としてとても有名な服部半蔵。

でも実は服部半蔵というのは服部家の歴代の当主が継いでいた名前です。

中でも特に有名なのは二代目の服部半蔵正成ですが、彼はいわゆる「忍者」ではなく武士でした。

三方ヶ原の戦いなどで立てた武功の褒美として徳川家康から槍と伊賀衆を預けられ

そこから彼は伊賀衆の長となり、忍びたちのまとめ役をしていたのでそう言われるようになりました。

そんな服部半蔵は鬼切丸と呼ばれる槍を愛用していましたが、もちろん刀も使っていました。

家康から贈られた刀の他、美濃国で作られた刀を愛用していたとされています。

特に美濃の国の名工と知られた直江志津の作である本刀を家老に贈ったという逸話も残されており、

美濃刀の愛用者が多かったと言われる伊賀衆を統率していた服部半蔵らしいエピソードです。

日本刀の実用性と機能美とは

同じ刃文は存在しないとされる日本刀の魅力は、武器として語られる以前に、美術品や工芸品、芸術品としての価値が全面にもたらされているものが数多く見受けられます。時代のなかで日本刀が武器としての使用が試みられなくなった江戸時代の中期ころから武器としての実用性を部外視した美術品や工芸品、芸術品としての昨比づくりが行われるようになった傾向が読み取れるようですが、日本人として見落としたくない日本刀のすばらしさには、実用性や機能性を兼ね備えた美というものがあるのです。そこには刀工たちの魂が込められたような刀作りに対する意識の高さや、刀を使用し保管、管理する武士たちの信仰のような熱き想いが感じとれるような気がしているのです。

「槍(やり)」

「槍(やり)」は室町時代以降、戦国の世での合戦で主力とされる武器でありました。戦国時代における戦いの場では、日本刀よりも「槍」が数多く登場していたと考えられているようです。歩兵たちの武器として広まった「槍」は、2メートルから5メートルの長さを誇っていたようです。その主流となるものは3メートル越えほどとなるものが主流であったとされておりますが、槍は旧石器時代から大型の獣を倒すために使用されていたようです。戦国の世において歩兵用の武器として数多く登場した槍は、室町時代には騎馬戦(きばせん)でも用いられるようになったようです。さらには江戸時代の大名行列において槍持ちたちが行列の先頭に立ったとされています。